世界の約9割で、18歳までに選挙権を付与
前編では、18歳選挙権の意義とブームについて紹介した。たしかに、18歳選挙権の実現により、若者の政治参加にスポットが当てられ、主権者教育が推進される契機となったのは歓迎すべきことである。国際的に見ても、国立国会図書館の調査(2015)によると、選挙権年齢が判明している世界199の国のうち、18歳までに選挙権を付与している国・地域は全体の約9割に達しているという。
主権者教育の推進は、民主主義社会として大切な一歩
日本では、18歳選挙権が必ずしも政治的な優先度が高いわけではなかったし、加えて「政治リテラシーの向上と選挙権年齢の引き下げのどちらを優先するべきなのか」という議論もあり、長らく公職選挙法の改正までに至らなかった。
そうした背景を考えると、“世界の潮流”に乗り遅れていた日本でもようやく18歳選挙権が実現したことは意義深い。また、戦後イデオロギー対立を背景に、教育における政治的中立性が強調された結果とかく敬遠されがちだった政治教育が、「主権者教育」として積極的に取り上げられるようになったことも、民主主義社会として大切な一歩を踏み出したと言える。
私立高校で生徒会予算をテーマにした主権者教育を実践する筆者
小さい頃から、身近な社会の意思決定を通じて育むもの
しかし、社会がこの一歩で止まることなく「若者の政治参加」を促進し続けていくために必要なのは、18歳選挙権を参院選までの「ブーム」で終わらせないことだ。特に、学校現場における主権者教育に創意工夫を凝らしていくことが大切である。
では、どんな工夫が求められるのか。そのヒントはドイツの政治教育に見られる「ステップ・バイ・ステップ・アプローチ」という方針にあると思う。この考え方は、小さい頃から身近な社会の意思決定に関わる経験を通じて、徐々に政治リテラシーや社会参画意識を育んでいくというものである。
公園作りや生徒会、子どもの発達段階に応じた参画経験を
実際に、ドイツでは、子どもたちが公園作りに関わることを規定する条例や生徒会活動を通じて自治体に対する提言を行う事例が多い。もちろん、歴史や文化、社会制度等が異なるドイツの取り組みを日本にそのまま導入することは賢明ではない。
だが、18歳選挙権の実現に合わせて、高校だけで主権者教育を実施している日本の現状は対処療法的であり、ドイツの考え方も参考にしつつ、子どもが発達段階に応じて身近な社会に少しずつ参画していく経験を積むことでこそ、民主主義社会を形成するために必要な政治リテラシーを着実に身に付けられるのではないだろうか。
ドイツの連邦政治教育センターを訪問した筆者
民主主義の成熟に向けて、18歳選挙権は新たな始まり
こうした新たな主権者教育の模索は、国に先駆けるかたちで、地方自治体で始まっている。2016年5月、神奈川県教育委員会は「小・中学校における政治的教養を育む教育」検討会議を設置し、「小・中学校段階における政治的教養を育む教育の在り方について検討し、各学校における指導の参考となる資料を作成」する方針を発表した。
筆者はこの検討会議の座長を務めているが、「ステップ・バイ・ステップ・アプローチ」に学びながら、高校での取り組みに接続していくような体系的・段階的な主権者教育のビジョンを提示するとともに、政治的中立性を確保して教員が安心して使うことのできる資料を目指したいと考えている。
忘れてはならないのは、2016年7月の参院選は、あくまでも「18歳選挙権ブーム」のクライマックスではなくスタートにすぎないということだ。選挙が終わると、18歳選挙権に対する注目度は下がるかもしれないが、新たな主権者教育に取り組み続ける根気強さと情熱こそ、日本の民主主義社会を成熟させていく原動力として求められるのではないだろうか。
子どもの時から主権者教育に取り組む
◇ ◇
i 「諸外国の選挙権年齢及び被選挙権年齢」那須俊貴「レファレンス」平成27年12月号
ii 「小・中学校における政治的教養を育む教育」検討会議の設置及び開催について
iii 慶應義塾大学SFC研究所上席所員として「小・中学校における政治的教養を育む教育」検討会議委員を委嘱。
<筆者プロフィール> 西野偉彦(にしのたけひこ)
1984年東京都生まれ。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了。専門分野は18歳選挙権、主権者教育。2011年度神奈川県立湘南台高校シチズンシップ教育アドバイザーとして授業プログラム「模擬議会」を立案。2015年7月「第34回昭和池田賞」を受賞。2016年4月より(公財)松下政経塾政経研究所研究員。NPO法人Rights副代表理事、慶應義塾大学SFC研究所上席所員、神奈川県教育委員会の「小・中学校における政治的教養を育む教育」検討会議座長も務める。本稿へのお問い合せはHPまで。
http://seijiyama.jp/article/news/nws20160617-2.html
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