70年ぶりの選挙権年齢拡大となった18歳選挙権について、参議院議員選挙やその後に告示された地方自治体の選挙において、連日、各地で様々な主体による取り組みが行われました。これらの取り組みは、教師と生徒のみによる教室内だけの取り組みにとどまらない様々な実践事例を生み出し、今後の集約、発信が期待されています。
18歳選挙権に向けて編まれた総務省・文部科学省による副教材「私たちが拓く日本の未来」は話題を集め、「模擬選挙」はとりわけ大きな注目を集めています。
例えば、「2016年の参議院議員選挙で18歳選挙権が実現される前に、未来の有権者に投票体験を」として早稲田大学マニフェスト研究所が推進した2つの模擬選挙推進活動(注)に対しても、地方自治体の首長選挙であったにもかかわらず、全国から参加校が集まっています。
注:早稲田大学マニフェスト研究所では、大阪W選挙(2015年)、熊本県知事選挙(2016年)において、候補者の政策討議資料の提供や模擬選挙実施にあたっての情報提供などを行っています。その様子は、以下のwebサイトにおいて参照できます。
模擬選挙から考える主権者教育の今後
このような取り組みは、日本における主権者教育(注2)の内容、質の両面について、大きな変化をもたらしています。例えば、模擬選挙について考えてみましょう。18歳選挙権の導入が決定されるまでは、模擬選挙の実現を模索する先生方を除いた学校関係者の理解や姿勢も含めて、模擬選挙を実現するためには大きなハードルが存在していました。
しかし、外部環境の変化や様々な主体による経験やノウハウの提供、選挙管理委員会による出前講座などの支援により、これまでよりも実現のためのハードルは下がっています。今後、改善が望まれる具体的な課題もありますが、副教材にも模擬選挙の実施方法が掲載されているように、適切な配慮を行えば生徒たちが最低限の投票体験を行うための環境を作ることは以前に比べて格段に容易になっています。
文部科学省による調査(注3)では、2015年度に高校3年生以上の生徒の94%以上が主権者教育(政治的教養の教育)を受けていることが明らかにされています。現在のところ、その内容の多くは「公職選挙法や選挙の具体的な仕組み」に関することとなっており、「模擬選挙等の実践的な学習活動」は3割以下の実施状況にとどまっています。
今後、様々な事例のノウハウが蓄積されることや、取り組みを通した学校や関係機関との相互理解が深まることで、生徒たちが政治の仕組みに関する知識の習得に加えて、地域の課題解決に主体的に参加していく力を得ていくための取組みが進められていくことが期待されます。
他にも、主権者教育の充実に関する課題提起は行われています。「常時啓発事業のあり方等研究会」は、日本における主権者教育の課題として、若年層への取り組みとともに、すでに投票権を持っている世代に対しても課題を提起しています。そこでは、若年層よりも相対的に投票率が高いことを前提としたうえで、「投票の質」が課題として取り上げられています(注4)。
- 注2:「常時啓発事業のあり方等研究会 最終報告書」(2011年)では、シティズンシップ教育の内、政治教育に関する部分を「主権者教育」と定義しています。
- 注3:文部科学省「主権者教育実施状況調査について」:同調査を踏まえ、今後、各地の優れた事例を紹介する報告書の作成などに取り組むことが明らかにされています。
- 注4:例えば、当該指摘を受けて、総務省は「主権者教育のための成人用参加型学習教材」を開発、公開しています。
海外との比較から
模擬選挙1つを取り上げてみても、海外での取り組みと比較した際に大きな違いとして指摘できるのが、投票体験に組み合わせることのできる活動の有無です。例えば、イギリスでは、2015年の総選挙にあわせて、教員支援のNPO団体が模擬選挙をテーマとした情報誌を発行しています。情報誌では、イギリス下院による模擬投票のツールキットの紹介や政策争点に関する識者の解説記事など、実際に模擬選挙に取り組む教員に向けた具体的な情報提供が行われています。
また、財団による全国的な模擬選挙キャンペーンでは、各地の取り組みの様子がweb上で共有されています。そこでは、各党を担当することになった生徒たちによる模擬公開討論会や、選挙ポスター、実際の候補者との交流の様子など、様々な情報を得ることができます。
アメリカは、まさに今、大統領選挙を対象に模擬選挙が行われています。例えば、模擬選挙の有力な支援団体であるNSPME(NATIONAL STUDENT/PARENT MOCK ELECTION)では、模擬選挙の仕組みとともに、投票の質を高めるためのワーク集などが紹介されています。ほかにも、アメリカにおける模擬選挙の様子としては、メディアや大学、NPO団体など、様々な団体による支援が行われていることが書籍などでも報告されています。
ほかの国でも、模擬選挙支援の一環としてボートマッチのサービス提供(オランダ)や、争点解説資料の提供など(ドイツ)等々、様々な国で多様な取り組みが行われています。
これらの事例からは、模擬選挙は生徒たちに投票体験の機会を提供することに加えて、より高度な政治的教養を育むための機会を与えるような取り組みとすることも可能であることが分かります。また、これらの取り組みは学校関係者だけでなく、外部からの支援を活用することで質的側面の充実を図ることができるようになります。
このような観点から、早稲田大学マニフェスト研究所が編者となり『実践 学校模擬選挙マニュアル』として模擬選挙の事例及び補助教材、海外の主権者教育を紹介しています。筆者は補助教材等の提供を行っていますが、次回以降は書籍の内容をさらに充実させるべく、様々な補助教材(ワーク)を開発・紹介していくことにしたいと思います。
補助教材の構成
18歳で選挙権を得た生徒たちは学生とはいえ1人の有権者として、ほかの世代と同様の影響力を社会に対して有することになります。社会的な経験を通して、有権者としてのふるまい方が洗練されていくことを見守りつつも、彼らの思いがより多く社会に反映されるように、模擬選挙などの授業の中で政治的教養を育むための体験を準備できればと思います。今回、ご紹介するワークは、「選挙の基本的な事柄を知ろう」「主権者意識を高めよう」「地域とのつながりを考えよう」「選挙への臨み方を考えよう」「地域の問題を解決してみよう」といった5つの分野で用意しています。それぞれのワークは長くても45分以内に収まるようにし、模擬選挙の前後に行えるようにしています。また、各ワークで使用するワークシートもPPT形式、PDF形式で提供します。
18歳選挙権に向けて様々な取り組みが行われる中で、投票に対する意識的なハードルを下げることに加えて、有権者として投票を積極的に活用していくためにはどのような知識や能力が必要となってくるのか、本稿が主体的な投票機会の活用に向けて、ささやかながら役立てることを願いながら、皆様と一緒に考えていきたいと思います。
http://seijiyama.jp/article/news/nws20160826.html
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