<朝日新聞より>
分厚い予算書や決算書をめくるうち、頭が真っ白になった。経常収支比率、標準財政規模、基準財政需要額……。聞いたこともない財政用語が次々と出てきて、何が書いてあるのか、さっぱりわからない。これで議員をやっていけるのか。
神奈川県葉山町の町議会議員、横山すみ子(76)は1985年に初当選した時、不安に襲われた。レクチャーを頼むと、収入役が懇切に教えてくれて、最後にこう言われた。「議員さんはあれやって、これやってと言うけど、財政もわからずに提案する議員活動は駄目です」
ひとりでコツコツ勉強を続けたが、やはり仲間がほしいと思い始めた頃、起きたのが「夕張ショック」。2006年6月、北海道夕張市が約290億円の赤字を隠していたことが発覚し、翌年には国に運営を管理される財政再建団体に転落したのだ。
自治体だって破綻(はたん)するんだ。いっしょに勉強しようよ。声をかけて少しずつ輪を広げ、13年に有志6人で「ZAIKEN」という財政研究会を立ち上げた。まずは手分けして、自治体の決算状況がわかる「決算カード」の数値をグラフ化し、大きな変化のある年の原因を追跡していくことから始めた。
すると町の課題が見えてきた。児童・生徒数が増えているのに全体の教育費が減っていた。ごみ処理にかかる1トンあたりの費用は県内ワースト1。高額な下水道施設整備費の返済負担が深刻なこともわかった。
1年かけて報告書にまとめ、住民らに配った。教育・子育て施策の充実、ごみ処理基本計画の策定などを求める5項目の政策を町長に提言した。現在活動は休止しているが、それぞれが財政チェックを続けている。
メンバーの一人、副議長の待寺(まちでら)真司(54)は変化を口にする。「質問しても、財政的な裏付けがあるから執行部が口先だけの『検討します』で逃げられなくなった」
議員や市民を対象に財政分析講座を開いているNPO法人「多摩住民自治研究所」理事の大和田一紘(いっこう)(75)は「夕張ショックを機に、財政を学ぶ議員や議会は画期的に増えた」と言う。議会や議員有志に招かれ、大和田が訪ねた自治体は全国で300を超す。ほとんどが夕張市の破綻以降の依頼だ。
大和田によると、夕張市が隠し続けていた巨額の借金も決算カードを丹念にチェックすれば、すぐに気がつくものだという。私も説明を受けたが、たしかに、いくつかの数値が異常に過大で、ある程度の財政知識があればわかるものだと納得できた。
夕張市の巨額赤字が発覚した12年前の夏、私は夕張で取材にあたっていた。市議会議員に「どうしてチェックできなかったのか」と質問をぶつけると、数人が言った。「財政はわかりません」
議会改革、チェック機能と言ったところで、財政がわからなければ始まらない。夕張以降、各地に財政通の議員は着実に増えている。そう信じたい。=敬称略(神田誠司)
https://digital.asahi.com/articles/DA3S13750798.html?rm=150
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