2015年2月7日土曜日

江東区議会議員選挙 立候補者説明会と、私のマニフェスト

<江東区議のブログより>

みなさま、こんにちは。

22日月曜日は、朝、豊洲駅でご挨拶を行ったのち、

午後から江東区議会議員選挙 立候補者説明会に出席しました。

現職、元職、新人合わせた候補予定者が集合し、立候補届け出についての説明を受けました。

集まった立候補予定者は、氏名を公表できるものが58名、非公表のものが4名とのこと。

応援頂いているみなさまに感謝をしつつ、改めて、4月の区議選、2期目に向けてしっかりと頑張っていく決意を新たにいたしました。

こちらが、鈴木あやこの2期目に向けての政策(マニフェスト)です。

1月から配布をしている鈴木あやこ区議会レポートにも載せております。

☆鈴木あやこ区議会レポート新年号(1月号)

☆鈴木あやこ区議会レポート新春号(12月号)

毎朝の駅などでの街頭演説、

毎月実施し、これまで44回実施している鈴木あやこ区政報告座談会「あやこcafé

議会質問

地域活動

などを通じてお会いするみなさまに、政策について訴え、江東区政についてのお話を伺い、みなさまの声を江東区政に届けてまいります。

2期目の挑戦に向け、精一杯頑張りますのでよろしくお願いします。

江東区議会議員 鈴木 綾子 (鈴木あやこ)

2015年2月6日金曜日

相模原市議会議員の「通信簿」

二元代表制の視点から作成した「相模原市議会議員の通信簿」が到着しました。
表紙には48議員の評価別一覧が掲載されていますが、このブログでは最終ページに掲載された「通信簿採点の概要」をお伝えします。

2015年2月5日木曜日

所沢市で小中学校エアコン設置の是非を問う住民投票

<名古屋市会議員のブログより>

所沢市の小中学校の教室にエアコン設置の是非を問う住民投票がおこなわれる。市民が直接市政の重要施策の決定に参加すること自体は歓迎すべきだが... 

■ 航空自衛隊入間基地自衛隊機による騒音

入間基地に近い所沢市の小中学校29校は、自衛隊機による騒音の影響で「防音校舎」のため、密閉性が高く、夏に窓を閉め切ると授業に集中できないほど暑い。そこで、平成18年、所沢市は国の補助金を使い、防音校舎へのエアコン設置計画を決めた。

 
■ 新市長が計画撤回

平成2310月に初当選した藤本市長は、同年に発生した東日本大震災に伴う東京電力福島第一原発事故を受け、「快適な生活は多くの犠牲の上に成っていることを知るべきだ」と計画を撤回。

 
■ 住民の直接請求

狭山ケ丘中の保護者が中心になり、平成269月、住民投票条例の制定を求める署名活動を開始し、1か月で法定数を大きく上回る8,430人分を集めた。直接請求を受けた藤本市長は「賛成できない」との意見を付けて条例案を提出したが、議会は賛成多数で可決。条例は、賛否のいずれかが有権者の3分の1以上になった場合、投票結果を重く受け止めるよう市長に求めているが、法的な強制力はない。

 
■ 住民投票は215

藤本市長は「票数によってはそれなりの結論を出さないといけないかもしれない」と住民投票の結果を重く受け止めることを示唆している。

 
■ 藤本市長の主張(自身のブログ)

クーラーを付けるのは、防音校舎になっている28校。市内には47小中学校あるが、防音校舎でない18校は所詮設置されない。

冷暖房付けるのに総額78億円(市費30億円)かかり、市が30億円使うということはクーラーと引き換えに、30億円分のサービスをやめにするか、借金を増やすか、増税するということ。市としてそういう道は採りたくない。今は、税収は減り、福祉費用が増大し、お金の余裕は全くない。毎年の維持管理費や光熱水費も必要となる。

 
■ 所沢市の財政状況

所沢市の歳入は918億円(市税収入505億円)。主な歳出は、

人件費 179億円

物件費 162億円

扶助費 250億円

補助費 139億円

公債費 68億円

繰出金 51億円

普通建設事業費 47億円

維持補修費 21億円など。

 
■ 考察

昨今の暑い夏を考えるとき、子どもたちの教育環境の充実のためには、エアコンの設置は必要だろう。一方で、総額78億円(市費30億円)のエアコン設置費・維持管理費は、所沢市の財政状況を考えると、市財政を圧迫するのは事実。さらに、残された18校への設置に対する市民の要求も高まるであろうことから、さらに財政圧力は高まる。


今回の住民投票を通して、年々増大する高齢福祉、介護、医療、児童、生活保護などの扶助費や老朽化した施設の更新へどのように対応すべきか、また市財政の状況などについて議論が深まるとともに、今後の住民サービスの選択と集中、施設の統廃合についても議論が及ぶことを期待したい。いずれにしても市民一人ひとりが所沢市の将来に対して大きな責任を有することに思いが及ぶきっかけとしたい。


 

2015年2月4日水曜日

府下で初 予算と決算を一体で審査する常任委員会を設置 八尾市議会

<47行政ジャーナルより>

 2月24日開会の八尾市議会3月定例会では、同市議会初の「予算決算常任委員会」が15年度当初予算案を審査する。予算議案を行政部門別委員会に分割付託せず、決算まで同一の委員会で一体的に審査する試みは大阪府内の議会としても初めて。

 八尾市議会は、議会の監視機能・政策提言能力の向上や、開かれた議会の推進のため、常任委員会による所管事務調査の開始、市議会だよりの全面リニューアル、地元の大学と地域連携に関する覚書の締結、市議会における大規模自然災害発生時の対応要領の策定、タブレット端末の導入など、さまざまな議会改革に取り組んでいる。こうした議会改革の一環として、昨年12月22日、議長を除く全議員で構成する予算決算常任委員会を設置した。

 予算決算常任委員会の設置により、予算を審査した議員が決算を審査できるようになるとともに、決算審査の結果を次年度の予算に反映しやすくなることから、議会の監視機能が今後、一段と高まると期待されている。


 

 

2015年2月3日火曜日

本会議準備始まる

<名古屋市会議員のブログより>

市会議員と市長は、ともに住民の直接選挙で選ばれた市民の代表だ。地方自治体では、国の議院内閣制、つまり国会議員が国会議員のなかから行政の責任者である内閣総理大臣を選ぶこととは異なり、市民が首長と議員をともに直接選挙で選ぶ。これを二元代表制という。

行政運営の責任者である市長に対して、議会は行政運営の基本となる予算や条例を審議・議決することなどによって、行政をチェックする役割を担っており、市政は、議会と市長が相互の抑制と均衡によって緊張関係を保ちながら推進されている。

さて、執行機関をチェック、監視する役目を負う議会にとって、最も重要な役割の一つが「議会質問」だ。「質問」では行政運営全般に対する考え方や議会に提出された議案について行政当局の考え方を問いただす。名古屋市会においては、議員個人の立場・観点で行う「個人質問・議案外質問」と、所属する会派を代表して行う「代表質問」の2つがある。

今回、自民党代表質問をおこなうのは、西川ひさし政調会長(昭和区)。自民党市議団では、すでに、2月定例会代表質問の準備とともに、個人質問の準備が始まっている。今日は交通局、住宅都市局、教育委員会、消防局等に対し、質問に向けた調査をおこなった。

2月定例会における本会議代表質問は224()に、個人質問は225()27()に行われる予定だ。


 

2015年2月2日月曜日

長と議会の関係

<松坂市議のブログより>

<プランを立てるのが市長。決定するのが議会>

市長と議会には異なる役割があります。市長は市役所の長として予算や条例の案を作ります。しかし、その案の通りに予算を執行(使う)するためには、議会の議決が要ります。案を作って執行するのは市長ですが、それを決定するのが議会なので、議会が議決しないことには市長といえども予算執行はできないのです。

市長の予算の案を正しいとするか、それともこの案はダメだとするかを決めるという重大な責任を果たすために、議会の審議があります。だから議会の審議はきわめて重要です。そこのところをちゃんとできるようにするために議会の改革に取り組んでいます。
 

<議会の審議>

議会は、予算案というプランの作成者である市長に、さまざまな角度から質問をします。プランに不備はないか、それともそのプランは正しいのかどうか、意見が異なることもあります。少し手直しするだけでよいと判断したときは修正して議決、まったくダメだと判断すれば否決ということにもなります。その結果はいずれにしても議会の責任に委ねようというのが、議会制民主主義です。ただし、その決定は、松阪市の政策水準の高低となり、その結果は市民の生活に関わってきます。議会の議決はそれだけ重いものですので、結果を導き出すための審議はことのほか重要です。

ですので、議会の審議は、たんに市長への質問だけではなくて、議員間の議論や、さまざまな専門家の意見の聴き取り(参考人聴取)や市民の意見を聴く公聴会がワンセットとなって構成されています。

それらの仕組みが使いやすいよう、大人数の本会議より、委員会に重きを置いた制度設計がなされています。

議会は、市長よりも強い権限を持った、自治体の意思を最終決定する場であるので、これらの制度を十二分に活用して真摯に議論を行うことが議員に課せられた責任ということになります。
 

<市長と議会>

 戦後の自治体議会の制度のモデルはアメリカです。アメリカでは議会の役割がよりはっきりしていて、議会が議会の責任において市長案を修正するのは当たり前となっています。

日本では長らく議会が市長に寄りかかり、議会として何も考えず市長の案に賛成だけする“無責任与党”と化していました。

いまの松阪市議会では市長案を否決したり修正したりすることも多くなりましたが、これもまた責任ある議決かというとそうではありません。なぜかというと、上に示したような仕組みをフルに活用した審議にはなっていないからです。

結局はこういうことです。「市長、議会が賛成できるような案を出してこい」と言っているようなもので、あいかわらず責任は市長に押しつけ、議会自身が賛否に責任を負う審議はしていないということになります。

そこから脱却できれば、市長もたとえ議会に否決されても、議会の決定は重いとしてその決定に服し、議会の決定に文句を言わなくなるのではないでしょうか。自治体の決定に対する責任は市長でなく議会にある(議決責任)という制度本来の自治体運営ができるようにしなければなりません。 

http://blog.livedoor.jp/kaiju_matsusaka/archives/52165758.html

 

2015年2月1日日曜日

36年ぶりの村長選を制した69歳新人村長の“決意”


DIAMOND ONLINEより】
 

<住民主体でないと活性化はならず 無投票でトップが決まり続ける弊害>

地方創生を掲げる安倍政権は、4月の統一地方選も意識してか、様々な取り組みを打ち出している。自治体支援の体制強化や新型交付金の創設、地域再生計画の認定などだ。

しかし、地方創生の主役(担い手)は国(政府)ではなく、地方である。それも自治体ではなく、1人ひとりの住民だ。国や自治体任せで疲弊した地域が活性化できるはずはない。地域住民自らが主体となって動き出さなければ、どんなに予算を投じても再生への道は切り開けるものではない。

そうであるからこそ、首長や地方議員の役割は重要だ。いつまでもお任せ意識や惰性、しがらみなどで漫然と選んでいるわけにはいかない。

4月の統一地方選挙を待たずに各地で首長選や議員選が行われているが、おととい(125)投開票された小さな村の村長選を紹介したい。36年ぶりの村長選となった新潟県弥彦村である。4選を目指す現職に挑んだ新人が、700票近くの差をつけて初当選した。

新潟県のほぼ中央に位置する弥彦村は、人口約8500人。「弥彦神社」や「弥彦競輪」で知られる観光と農業の村だ。競輪の収益が村の財政を下支えしてきたこともあり、「平成の大合併」とは距離を置き、村は単独路線を歩んでいる。

そんな弥彦村では1979年の村長選を最後に、8回連続して村長選が無投票となっていた。立候補者が1人しか現れず、選挙なしで村のトップが決まっていたのである。それが当たり前のように受け止められていた。そこにはこんな要因があった。

新人同士の一騎打ちとなった1979年の村長選は、村を二分する大激戦となった。両候補が掲げた政策に大きな違いはなく、人柄や人間関係、しがらみ、地縁などを競う典型的なムラの選挙となった。家族内でもどちらを推すかで揉め事になるなど、ドロドロの争いとなってしまった。

このため選挙後も村内に大きなしこりが残り、住民の間に遺恨やトラウマが生まれたのである。競輪の収益で財政が潤沢だったこともあり、村には大きな課題もなかった。こうして村内に村長選挙そのものを嫌がるム―ドが広がっていった。

 1979年の激戦を制した村長は、2期目を無投票でパスし、その任期切れ直前に急死した。そして、急遽、後継に担ぎ出された村の幹部職員が無投票で新村長に。以来、一度も選挙せずに4期務め上げ、助役(元村議)にポストをバトンタッチした。現職の大谷良孝さんだ。

大谷村長も一度も選挙戦をせずに3期務め、今年1月には無投票で4期目に突入するものと予想されていた。「これまで通りで村はうまくいくはずだ」と、暢気に構えている人が多かったからだ。

 
<母親の介護のためにUターン 69歳新人候補の決起>

と言っても、弥彦村を取り巻く環境は大きく変わっていた。少子高齢化や人口減、過疎化といった諸課題と弥彦村も無縁ではなかった。それどころか、頼みの綱となっていた競輪事業は明らかに下り坂になっていた。もはや、これまで通りでいられる時代ではなくなっていたのである。

昨年7月に村長選に名乗りを上げる人物が現れ、弥彦村内は大騒ぎとなった。なにせ56歳以上の住民しか、自分で自分の村のトップを選んだ経験がないのである。むしろ、村の将来に関する政策論を聞いたことがないという村民の方が多かった。民意を示す機会も問われることもないまま村政が続けられていた。新人候補の出現にそれまで静まりかえっていた村内が、にわかに活気づいていった。そして、とうとう36年ぶりの村長選が実施されることになったのだ。

弥彦村長選の注目点はそれだけではなかった。名乗りを挙げた人物の出馬に至るまでの経緯も、意味深かった。今の日本社会の姿を投影し、かつ地方再生へのヒントのようなものが見え隠れしていた。

新人候補は小林豊彦さん、69歳。弥彦村出身の小林さんは、都内の大学を卒業後、日本経済新聞社に入社。新聞記者として活躍し、日経リサーチ社社長などを務め、2005年に退職した。独り暮らしの母親の介護のために夫婦で実家に戻り、コメづくりなどを始めた。

60歳でUターンした小林さんは、故郷の将来に強い危機感を抱くようになった。「独立路線を守るには、村の財政力強化が急務」と考えたのである。「村の収入増大策と支出削減策」が不可欠で、村民が一体となって挑戦することが大事だと考えた。そのためには「開かれた弥彦村でなければならない」と思い、選挙戦で政策を主張し合って村長を決めることが、何よりも重要だと考えたのである。

 
36年ぶりの村長選で新人が勝利 閉塞感に新たな息吹を吹き込めるか>

小林さんは無投票選挙をいつまでも続けるべきではないと考え、村長選の候補者擁立を模索した。しかし、若い世代に決起を促したがうまくいかず、自らの出馬を決意したのである。

こうして、69歳の新人候補が4期目を狙う58歳の現職に挑むことになった。新人候補が現職よりも11歳も年配で、通常の首長選とは正反対の構図であった。小林さんは「村民主役の村政の実現」を訴え、草の根の選挙戦を展開した。木質バイオマス発電の導入や農産物の直売所の開設なども掲げた。こうして36年ぶりに村長選が実施され、村の将来像などについて村民が語りあうようになった。

村長選の結果は、新人の小林さんが3204票で現職の大谷さんが2508票。投票率は83.08%ときわめて高い数値となり、新人村長の誕生となった。初当選した小林さんは69歳。しかも、高校卒業後に故郷を離れて長らく社会人として活躍し、母親の介護のためにUターンした人物である。

蓄積された見識と人脈、経験、そして長年の社会人生活で培われた手腕といったものが、閉ざされた地域に新たな息吹を吹き込むことにつながるのではないだろうか。