2018年10月27日土曜日

高大接続改革(6)新教科を前に 主権者意識を育てる

<西日本新聞より>

新科目「公共」どう教える
 2022年度から始まる高校の次期学習指導要領では教科、科目が大きく再編される。特に注目されるのが主権者教育を担う新たな必修科目「公共」だ。18歳選挙権が既に導入される中、主権者意識を授業の中でどう育むか。新科目を待たず現場では模索が続いている。
 のどかな田園風景が広がる熊本県甲佐町。9月中旬、町で唯一の高校、県立甲佐高1年の教室で地方自治をテーマにした現代社会の授業が行われていた。
 指導する前田未宙(みそら)教諭(42)が生徒に呼び掛けた。「傍聴して気付いたところを挙げてみよう」。クラスの15人の生徒は2日前に町議会の一般質問を傍聴した。授業時間を使った傍聴は身近な政治に触れ、当事者意識を持ってもらおうと、16年から取り組んでいる。
議会傍聴で政治を身近に
 「議員は全員男性で答弁する町幹部も女性は1人だけだった」「発言時間を管理するタイマーがあったよ」。生徒たちからは次々と意見が上がった。
 同校は全校生徒105人の小規模校。募集定員120人に対し、1~3年の生徒数は30~40人で、定員割れの現状に町の危機感は強い。町は高校の魅力アップのため、高校生が利用する公営塾を開設したり、女子硬式野球部の設置を応援したりしてきた。町議会でも高校の現状はしばしば議論が交わされている。
 議会を傍聴して上月大和さん(15)は「町を良くしようと真剣に話し合っている姿が見えた。投票するときはしっかりと考えたい」。西本小都里さん(15)は「女性が増えればもっと暮らしやすい町になるかもしれない。しっかり町政の動きをチェックするようにする」と語った。
 丁々発止のやりとりだからこそ、予定調和の授業にはない学びがあるのかもしれない。前田さんも「人の言葉を聞くことで、自分の考え方も深まる。普段の授業よりもしっかりと考え、学ぶことができた機会だったのではないか」と手応えを感じていた。同校では卒業後、就職して社会に出る生徒も少なくない。「政治や選挙への参加のハードルを下げたい」と前田さんは言う。
評価の在り方、模索続く
 学習指導要領の改定案公表後、新科目「公共」を考えるイベントが各地で盛んに開かれている。8月、福岡市であった福岡県弁護士会主催のセミナーで福岡県の男性教諭(41)は「生徒たちにとって『公共』とは自分の周りといった狭い範囲。それを広げ、深い学びにつなげていく難しさを感じる」と不安を口にした。
 科目の現代社会は、社会の仕組みなどを客観的に学び、考察するのに対し、公共は社会に参画していくために他者と協働しながら選択・判断にも主体性を持たせるよう求める。学習内容で重なる部分もあるが、より社会での判断力を身に付けさせようという狙いだ。
 教員側に問われる公正さと柔軟性。宮崎大大学院の吉村功太郎教授(社会科教育)は「生徒の思考レベルに合わせて資料やテーマの難易度を変える必要性がある。跳び箱で2段しか跳べない子にいきなり8段を跳ばせても無理。定着させるために自分で考えさせなければならないが、時間がかかるのが欠点でもある」と指摘した。
 その点に関し、橋本康弘福井大教授(公民教育)は学校全体で取り組むカリキュラム・マネジメントが鍵ととらえる。「家庭科で消費者保護、情報科でメディア・リテラシー、論理国語で議論の組み立て、総合的な探究の時間もある。他教科との連携は不可欠だ」と訴えた。
 一方、生徒の思考のプロセスに対する評価は難しい。新たな大学入試を見据え、記述式の定期試験などを作る教員にとって、どういった問いを設定し、誰が採点しても変わらない評価の在り方は大きな課題だ。
 福岡県内の公民科教員らでつくる研究会会長の県立嘉穂総合高の真海誠司校長は「センター試験や民間の模擬試験と異なり、個々の教員には問題を練り上げる時間もノウハウもない」と説明する。このため、研究会ではメンバーで問題案を持ち寄って専門家による助言や議論を踏まえ年内に集約、将来的に評価法も含めたデータベース化を目指す取り組みを始めている。
主権者教育 単に政治の仕組みについて学ばせるだけではなく、主権者として社会の中で自立し、他者と連携しながら社会を生き抜く力や地域の課題を主体的に解決することができる力を育てる教育。2016年から導入されている「18歳選挙権」の議論の中で公教育の役割がより重視されるようになった。
 中央教育審議会は、政治参加への意識を育むため、小中学校の段階から体系的に主権者の役割などを学ばせるよう求めており、子どもの発達段階に応じて、家庭や地域もかかわることが期待されている。
=2018/10/14付 西日本新聞朝刊(教育面)=

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