2015年6月7日日曜日

「箕面市議会 議会改革フォーラム」が開催されました

<みのおどっとネットより>

521日(木曜日)午後2時から、箕面市立メイプルホール大ホールで「箕面市議会 議会改革フォーラム」が開催されました。

これは現在進められている議会改革の取り組みを、広く市民に知ってもらうための催しで、箕面市議会の全議員が企画・運営に関わりました。

 第1部では「議会改革の取り組みについて」と題して、改革についての紹介(質疑応答方式の変更、議会のインターネット中継など、「みのお市議会だより」のリニューアル、「議会基本条例」制定に向けた検討について)、意見交換会の告知などが行われました。

 第2部では、早稲田大学マニフェスト研究所顧問の北川正恭(きたがわ・まさやす)さんによる「議会を変える!~市民に開かれた議会をめざして」と題した特別基調講演が行われました。

 北川正恭さんは衆議院議員、三重県知事などを歴任し、「マニフェスト」という言葉の提唱者としても知られています。

北川さんは「こうした議会改革フォーラムを、議員自身が企画して実施するのは、全国でも例を見ない、稀有な取り組みです」と評価し、一方でさらなる改革の推進の必要性を説きました。

全国の議会改革度調査によると、箕面市議会の改革度は、全国約1500の自治体の中で、現在234位。

「せめて100位以内に入らなくては」と北川さんは叱咤し、「そのために、ぜひ議会基本条例の制定に向けて努力してください」と激励しました。

三重県知事時代の逸話や、各地の議会による改革の実例を交えて、議会の持つ可能性を語りかける北川さんの言葉に、満場の観客は熱心に聴き入っていました。



 

2015年6月6日土曜日

政治家なり手不足がもたらす民主主義の破壊

<三鷹市議のブログより>

このように、選挙というものは入り口としては大変大きなハードルなのです。どうやって政党内部に入って候補者として認めてもらうか、また選んでもらっても今度は選挙区で他候補と争わないといけないわけです。

近時、就職がないから議員にでもなるか!といった論調をよく見かけます。これはこれで私はありだと思いますが、政党人でなく最初から無所属となると、これはかなり厳しいです。国政や都道府県レベルではほぼ無理とみて良いでしょう。先ほど書いた構造の理論で考えると、有権者数が多い以上、より大きな構造になるのは無理もない話で、その中で当選はまず無理です。

市町村レベルなら、まだ可能かもしれませんが、各自治体の選挙の結果を見てみますと、実は無所属枠というのは、その得票数で見ると、一定の枠で収まっていることがわかります。三鷹市で言いますと、政党に全く関係のない無所属の人の票数を集めると、多くても8000票が限界でしょう。つまり、この8000に食い込むために、「新たに」票を築く必要があるわけで、いわゆる風で当選なんていうのは、所詮は夢物語なのです。

このように、政党人であろうが無所属人であろうが、ハードルが高い以上は、敬遠されてむしろ当然でしょう。景気下降サイクルにおいては、みんな自分の生活を守るのに必死なのです。今の職を投げても政治家になろうという人は今後は出てこないでしょう。

このことは、政治業界の寡占状態を生むのではないか?と危惧しているところです。新たななり手がどんどんいなくなる以上は、現状の政治家がそのまま踏みとどまるのはむしろ当然の流れで、2015年の統一地方選で無投票の地域が続出したのも理解できますね。

政治業界の寡占状態が進行すると、どういう事態が考えられるでしょうか。

国政、地方問わず、政治がどこか他所の世界の出来事として捉えられていく風潮が広まるのではないか?と私は考えています。20156月現在、国政ではいわゆる新安保法制が議論されていますが、みなさんいかがですか?どこか他所の世界の出来事と捉えていませんか?面白おかしいことは、たまに深夜のニュースで見かけるが、国会はまたわけわからんことやってるなぁ…でおしまい。それ以上は、深く知ろうとはしない、頭の中は今の会社に踏みとどまれるかでいっぱい、今月のノルマ達成が厳しく頭を抱えている…

地方議会レベルはもっと悲惨でしょう。そもそも誰が議員かを知らない、いわゆる定例会がいつ開かれているかも興味がない、市長や議長の名前も当然知らない…

ただでさえ、こういう状況があることは否定しづらいですよね。さらに政治業界の寡占状態が進むと、これがより悪化するわけです。

政治は生活に直結する大切なことなのに、そこに目を向けられる「余裕」が無くなって行く、そんな時代ではないかと思えてならないのです。次の統一地方選は2019年ですが、ひょっとしたら都心部でも無投票の事態が続出するかもしれません。

政治家は政治というステージでダンスを踊り、聴衆はゼロ、ダンスの会場の外では多くの国民がただ通行しているだけ、下手するとダンス会場がそこにあることすら知らない…こんな未来が目の前に迫っているような気がしてならないのです。

つまり、民主主義ではなくなっていくのです。政治家と有権者の距離がどんどん広がることに対する危機感を感じている政治家は私だけでしょうか?

 

 

2015年6月5日金曜日

選挙の本質は「構造」にある

<三鷹市議のブログより>

もっとも、様々な努力を施しても、どうしても負けてしまう選挙というのは現にあります。小選挙区制ないし中選挙区制だとこの傾向がはっきりしてきますね。一方、市議会議員クラスでは必要な票を集めれば勝ちという側面もあるにはありますが。

政治家が努力さえすれば選挙に勝てるなら、答えは簡単で各自努力をすれば良いだけなのですが、そうは簡単にはいきません。なぜなら、残念なことではありますが、選挙のもうひとつの本質は「構造」そのものにあると言えるからです。

国政選挙で見てみましょうか。公明党や共産党は話は別として、自民党と民主党で考えてみます。確かに両党それぞれ違いがあり、特徴はあるのですが、例えばある選挙区では自民党は50万票を取るんだが、民主党はどうしても30万票を越えないとか、そういうことはよくありますよね。地方に行くとその傾向は顕著かもしれませんし、反面都心部でも逆の意味でその傾向はあるかもしれません。

つまり、選挙区ごとに特徴があり、投票総数がどう割れたかという構図を考えると、ある程度見えてくるものがあるのです。こういう分析は投票率や相対得票率で見るのではなく、あくまで投票総数でみるべきだろうと私は考えているところです。

いくら候補者が努力しようが、何十万票という世界の前では、数万票レベルの上積みがあったとしても、たいしたことにはならず、結果としては構造が守られたという例は、いっぱいありますね。

自治体議員レベルもそうです。私が関係した三鷹市議会議員選挙で見てみましょう。

2011年と2015年に選挙がありましたが、候補者はそれはもう必死に頑張るわけですが、蓋を開けてみれば、2011年に比べて2015年は公明党が候補者を1人減らした分を、「もともと」3000票近くある、ある政治団体系の方が勝ち取り、またみんなの党が消滅して現職が落選、その代わりに維新の新人が来た、つまり入れ替わりという結果でした。

こういうのは所詮終わった後でないとわからないという側面は確かにあります。しかし、いざ終わってみると、「あぁ、やっぱりこうなったか」という結果に収まっていることが多いものです。

この構造を崩すというのは、まず無理とみて良いでしょう。唯一崩れたのは、私の目から見たらそれはあの2009政権交代でした。これがなぜ崩れたかはまた後に書きますが。

つまり、候補者の努力レベルでは如何ともしがたい、れっきとした構造が選挙にはあり、その構造の枠内に入ることができるかどうかで、当落が決まってしまうという現実があるのです。比例名簿で上に来れば当選ですね。自民党が強いところで小選挙区制の候補者になったら当選ですね。こうなってくると、いかにして候補者になるかという点そのものが実は大切だったりするわけです。

結論を先に書きますと、これは大変不健全な話です。選挙とは、政策を競い合い、有権者に選んでもらう儀式なのに、選挙前に勝負がついていると言っても良い状況が多数発生すること自体、健全なわけがありません。なぜならそこには有権者の所為がないからです。

このように、選挙特有の構造の文化は、その構造の枠内に入り込めるか、入り込めないならどうすればその構造を崩すことができるかとなっていくのです。

 

2015年6月4日木曜日

選挙の本質は「選んでくれ」にある

<三鷹市議のブログより>

景気下降サイクルの話から始めて、次の景気上昇サイクル入り口である2030年まで自治体はどういう経営でなければならないかまで書いてきました。簡単に書くと、何やってもダメな時代なんだから、税の支出を減らすべきであり、その為には税の支出につき一定の公式を作る必要があり、それは「民の生きるを守る」がキーワードになるということになります。

こうやって書くと実に当たり前の話であり、ご賛同頂ける方が多いのですが、政治とは実に厄介なものでそう簡単にはいきません。今回から政治そのものについて何度かに分けて書いてみます。

選挙に当選して初めて議員になります。選挙に当選するということは本当に大変なことです。選挙に当選する為には、名前を書いてもらわないといけません。候補者は名前を書いてもらう為に、それはもう凄まじい努力をするわけです。

名前を書いてもらうということは、「選んでもらう」ということになります。私を選んでくれということは、見方を変えれば、私以外を選ぶなとなります。至極単純な話なのですが、この単純な話から多くの悲劇が生まれます。

つまり、争いごとが生じるのです。政策を競うとかそんなレベルではなく、ただただ相手候補を非難するということすら現実に発生するのです。

もうずいぶん前の話ですが、どこのテレビ局だったか忘れましたが、SMAPの木村拓哉主演の政治家のドラマがありました。木村さんが総理大臣になっていくドラマでした。そこに石黒賢さんが出ていて、木村さんに「政治は所詮嫉妬と妬みの世界なんだよ」といったようなセリフを言うシーンがありました。

これは本当にその通りだと思います。とにかく他の人が選ばれるのが嫌なのです。この「嫉妬と妬み」というのはマイナスのイメージを持つ言葉なので使いたくはないのですが、様々な政治現象を考えるのにはうってつけの言葉だと思いますので、ここでも何度か使いますね。市議会議員選挙のように大選挙区制なら、あまり問題にならないのですが、国政選挙のように小選挙区制だと、この嫉妬と妬みがどんどん膨張されていくような気がしてなりません。1人しか選ばないからこその悲劇とも言えるでしょう。

常に「選んでくれ」という意識があるからこそ、「見ていてくれ」という意識につながります。政治家は承認欲求の塊と言われるのも無理はないですね。私はそうは思いたくないのですが。世間の批評もそれはそれでわかる気がするのです。

「選んでくれ」の意識が様々なコストを生み出します。選挙が近くなれば、あちらこちらにポスターがベタベタ貼られますね。もちろんお金がかかっています。様々な会合に呼ばれもしないのに行く現象も理解できますね。朝、駅に立って、政党名や個人名を言ってるだけの政治家が発生するのも無理はないですね。

全ては、やがてくる選挙という「選んでもらう」儀式のためのものなのです。こういう行為を批判するのは簡単ですが、批判の前になぜこの人はそこまでして知ってもらいたいと思うのだろう?と考える癖をつけると、いろいろと見えてくるものがありますね

 

2015年6月3日水曜日

議会が変われば町が変わる!(その2)

昨日の続編です。

元栗山町議会議長の「橋場利勝」さんは、「首長のやることが、すべて正しいわけではない。議会の修正や否決はあって然るべきだ。」と仰っています。

「議決責任は説明責任」、「議会基本条例の内容は当たり前のこと」とも述べています。

住民に信頼される議会をつくるには、住民参加をしっかり議会でも取り入れていくことだ。住民と意見を交換し、いい提案や意見は議会の中に活かしていく。住民との対話を積極的に進めていかなければ、住民に信頼される議会にはならない。私は「議会が変われば町が変わる」と言った。議会基本条例のとおり、きちんと議会運営ができれば、町も議会も確実に変わっていくと思うとのこと。

2015年6月2日火曜日

議会が変われば町が変わる!

月間ガバナンス6月号の表紙を飾っているのは、「橋場利勝」さんです。
2006年5月18日、北海道栗山町議会が全国初の「議会基本条例」を制定。それから9年、自治体議会改革フォーラム代表の廣瀬克哉氏によると、条例制定数は700を超えたという。全国自治体議会の4割を超えるまでに浸透した議会基本条例、そして議会改革の象徴だった栗山町議会。議長として改革を牽引してきた橋場利勝さんには「地方自治は住民自治だ」という揺るぎのない信念があった。詳細は、月刊ガバナンス6月号にてご確認ください。

2015年6月1日月曜日

新たなパターンの市民との意見交換会

<会津若松市議のブログより>

昨晩(26日)は、会津若松市議会政策討論会第1分科会(総務委員会)と自治基本条例を審議しているまちづくり市民会議との意見交換会が開催された。

議会側と市民側がそれぞれ今まで討議集約してきたことのすり合わせをしつつ、さらに互いの論議が進展・醸成することを目的に開催した。

私は、ファシリテーターを委員長から仰せつかり務めた。

まず事前に論点を、①自治基本条例の必要性と作成への市民の関わり方、②最高規範性の規定について、③市民の定義、④行政と市民の役割分担及び地域内分権の四つに絞ってもらった。

それぞれ約20分程度を目安に意見交換してもらいながら模造紙に板書(ファシリテーショングラフィック)した。

“場づくり“に留意しながら、参加した多くの人から意見を出してもらい、あっという間に2時間が過ぎた。(場の力で、新たな知見を引き出す、という点ではまぁまぁうまくいったと思う)

会津若松市議会として、このようなやり方は初めての試みだったが、概ね好評であった。

次につながると思う。