2016年3月7日月曜日

請願・陳情(2)


<船橋市議のブログより>

 
 さて、過去の議論も含めて考えてみたいのですが、船橋市議会は陳情も請願と同じように扱ってきました。

 そして、その取り扱いをめぐって何度も議論をしてきたのですが、今回もまたぞろその議論が。

 他の自治体議会において、陳情は請願と違って、写しの配布だけとか、内容によって取り扱いを変えるだとかです。

 そのことを理由に、船橋市議会でも陳情者の住所地によって取り扱いを変えようという提案です。

 私は、陳情を請願と同じように審査をしていくことに違和感を覚えているのは、以前からです。

 かと言って、その取り扱いに関して俎上にあげても、同じような議論を繰り返し、現状通りとなってしまいます。

 しかし、今回は、今までの議論の中でも特に正副委員長の提案は、船橋市在住者の陳情は請願同様に取り扱うというものでした。(住民以外の陳情の取り扱いは変える)

 私が議員になって概ね、市の行う事業等で、何かをくくる時には、「船橋市在住、在勤、在学」というのが一般的なような気がして、今回の提案には納得ができないものでした。

 この取り扱いを協議する理由は、陳情者に寄り添う話ではなく、ただ単に会議の効率運営という名の下に、「陳情の切り捨て」を行うというものです。

 船橋市議会の良き伝統の一つとなってきていた、陳情の取り扱いですが、真摯な真面目な議論をするべきだと思っています。

 陳情の本質は何なんだと。そこには法的根拠のないものであるだけに議論が別れるものです。

 しかし、私が数冊入念に解説本等をチェックした感じでは、砂子田隆元助役の論と同じものが大勢です。

 だとしたら、審議をする側がしっかりとその理屈を解って、審査結果を出すべきだと思います。

 しかし、なぜそれができないか?

 私が、初当選をしてきて、2期の間は、まさに砂子田隆論で保守系議員は結論を出していました。

 そして衆議院議員選挙で浪人中に何かが変わったようです。再び、市議会に戻ってきたら、「どうせ陳情だから」という言葉とともに、「大衆におもねる結論へ導く」という風潮ができていたのです。

 私はこれをまさに議会の劣化と呼んでいますが、プライドを持って仕事をしていたはずの保守系議員が堕落をし、「当該普通地方公共団体の長、教育委員会、選挙管理委員会、人事委員会若しくは公平委員会、公安委員会、労働委員会、農業委員会又は監査委員その他法律に基づく委員会又は委員において措置することが適当と認めるもの(地方自治法)」とそうでないものとの区別ではなく、自分の選挙を考える審査態度をとるようになったのです。

 「どうせ陳情だから」ということで。その保守系の態度に激怒していたのが一部の意識ある職員でした。
 
 はっきりと私は言われましたね。「議会が陳情をああいう形で採択されちゃうと、法に則って仕事をしているのに、陳情採択を盾に議会からも市民側に立って言われちゃうとたまらないっすよ~」ってことでした。

 もっともな話です。議会の圧力ってまともに受ける職員っているんですよね。当時は。

 今は、100%議会軽視、上から目線の状態ですが、そうされても仕方がない議会の動きがあるのも事実ですね。

 失礼。ここでいう議会は、日本共産党、公明党は除きます。この2会派は過去からずっと一貫して、請願や陳情には党第一で対応をしています。

 一番ポンコツなのは、一部保守ですね。とにかく大衆迎合。

 お天道様が見ているよ。と思うのですが、自分の意見や考えを持たずに、ただただひたすら、市民のいうことを真正面から受け止めちゃう。

 市民を導くという意識を持てない悲しい議員が数多くいると思います。

http://ameblo.jp/hasegawamasaru/entry-12134726775.html

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